穏やかな日々が一変した老老介護

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穏やかな日々が一変した老老介護

2026/01/14

認知症高齢者

活動レポート

遠山さん(仮名)は70代の夫と二人で暮らしています。夫とは職場結婚して40年以上が経ちます。若い頃から病気らしい病気をすることなく、仕事も家族も、そして夫婦それぞれの趣味も大切にしてくれる優しい夫でした。
夫は根っからの囲碁好きでご自宅にはいくつもの碁盤があり、妻の遠山さんは登山が趣味。時間があればそれぞれの趣味を楽しむ日々。
夫の退職後は、夫婦二人、これからも穏やかな日々をずっと過ごしていけると信じていました。

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24時間続く介護に翻弄される妻

しかし、退職後わずかで認知症の症状が現れます。
最初のうちは、よくある物忘れだろうと夫婦ともに気にも留めていませんでした。
ところがある日、夫が近所に散歩に出かけたまま家に戻れず、数時間後に隣りの市で発見されるという出来事が起こります。
そのことをきっかけに、まるでジェットコースターが急降下するように認知症が進行していきました。
入浴や着替えすらも嫌がり、身なりを全く気にしなくなりました。また、遠山さんが家事をしている間に自宅をふらっと出たままどこかに行ってしまうことも度々で、夫の行動は全く予想がつきません。また、曖昧な記憶による不安からか夫の表情は常に険しく、すぐに声を荒げるようになり、何に対しても怒りや拒否を示すようになってしまいました。

夜中、些細な物音がする度に夫の所在を確認する毎日で、ぐっすり眠ることもできず、24時間ひと時も気が抜けない生活。ほんの少し息抜きをしたいと思っても一人きりの介護は待ったなし。ついに、遠山さんの気力と体力は限界を迎えます。
他県で仕事をしていた娘に懇願して家に戻ってきてもらい、親子二人で介護をすることに。娘が仕事で不在となる日中は介護保険のサービスを利用しようということになりました。
そして、介護事業所に相談。相談員からデイサービス利用の提案を受け、夫もその時は「見学だけなら…。」と承諾していたにも関わらず、いざ見学当日になると「行かない!行くなんて言っていない!」と激しく拒否。
その後、何度か見学の予定を立てても見合わせる日々が続き、介護サービスの利用にはつながりません。終わりの見えない在宅介護の中、遠山さんは、どうしたら良いか分からず、途方に暮れてしまいました。

妻が託したわずかな望み

そんな時、自宅でふと目に入ったのが夫の部屋に昔から置いてある碁盤でした。
「大好きな囲碁が出来たら、何かが変わるかもしれない…。」
ほとんど諦めの境地の中、最後の悪あがきのような気持ちでボランティアセンターに電話をかけ、相談することにしました。

ボランティアセンターのコーディネーターが面談に伺った際、夫は終始怪訝そうな顔でにらみつけ、手を払うような仕草で一刻も早く帰ってほしい様子。
それでも、「囲碁がお好きなんですか?」との問いかけに、少しの沈黙の後、「あぁ、子どもの頃から暇さえあれば打っていたよ。」と、小さな声で答えてくれました。

夫が囲碁を覚えていた!

その後、半月ほど経った頃に夫と同年代のボランティアが見つかり、顔合わせをすることになりました。
双方、あいさつの後は会話が全く続きません。そんな中、ボランティアが夫の部屋にある碁盤を指さしながら「今日は挨拶だけのつもりでしたが、碁盤を見たら我慢ができなくなってしまいました。今からちょっと碁を打ちませんか?」と、夫に切り出しました。
すると夫は、驚いた表情を浮かべた後、少しの間碁盤を見つめ、「久しぶりだからできるかな…。やってみようか。」と、ゆっくり立ち上がり、自室から碁盤を持ち出しました。

 遠山さんはボランティアに失礼なことを言わないか、怒り出したりしないか、そもそも囲碁のルールを覚えているのかなど様々な思いが錯綜しているようで、ハラハラした面持ちで二人を見ています。
 そんな心配をよそに、夫とボランティアの対局が静かに始まりました。

コツン、…コツン、コツン。

予想に反して、実にリズミカルにテンポよく、二人の手から白と黒の碁石が繰り出されます。
この様子に、遠山さんは目を大きく見開き、驚きを隠せません。
夫の表情は、碁石を打つたび、力が宿っていくかのように目が輝き、実に楽しそうです。前のめりで碁盤に向かい、「強いなぁ。どこに打とうかなぁ。」、「これはどうだ…」と自然にこぼれる夫の言葉、囲碁を心から楽しんでいる様子に、遠山さんは目を潤ませていました。

夫の驚くべき変化

その後、月数回、ボランティアが自宅を訪問して対局をする中で、夫に変化が現れます。対局中はいろいろな戦略を頭の中で考えるせいか、夜はぐっすりと眠るようになりました。また、ボランティアが来ない日には、碁盤に碁石を並べて過ごすという日が増え、以前と比べ、ずいぶんと表情が柔らかくなりました。
そして、ずっと拒否をしていた介護サービスについても、何回かの試行錯誤を繰り返した後、囲碁を楽しめるデイサービスを利用することになりました。
また、介護サービスの利用を通じて、遠山さんご自身にも気持ちのゆとりが生まれ、大変ながらも、娘さんと二人三脚で在宅介護を続けています。
後日訪問した際、遠山さんは、「認知症がどんどん進んで苦しかったあの頃、どんな介護サービスや医療が夫に合っているのか、本を読んでも人に聞いても、何も分からなくて底なし沼の中をもがいているようだった。でも、夫もきっと、そんな私の姿を見て不安だったのよね。今も毎日大変だけど、碁石を並べている時の穏やかな夫の顔を見ると嬉しくなるの。」と話してくれました。
介護生活の中で遠山さんが辿り着いた願いは、夫が子どもの頃から大事にしてきた生きがいである“囲碁”を通じて「夫が夫らしく過ごせること」でした。

認知症者が全国平均を超える東村山

日本の高齢者人口は3,625万人(令和6年の調査)。高齢者化率は29.3%で、過去最高を記録しました。そのうち、65歳以上の人口の16%が認知症と推計されています。
東村山市では、下図のように令和2年から12年までの10年間で認知症高齢者の数が30%も増加すると推計しています。これは65歳以上高齢者の5人に1人が認知症の可能性があるといることになり、日本全体の数値と比較しても、その割合を上回ることが分かります。

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老老介護を支える取り組みが求められています

加速していく高齢社会の中、認知症高齢者が増加し、老老介護の問題も深刻さを増しています。在宅での介護は、公的な制度・サービスはあるものの、同居する家族、特に高齢の配偶者への負担は非常に大きく、過酷な介護生活を強いられていることは少なくありません。また、認知症高齢者の介護は昼夜を問わない対応が必要なことも多く、そのために仕事を辞めざるを得なくなったり、遠山さんのように自分の食事や睡眠といった当たり前の日常生活までもが困難になる人もいます。
こうした現状に対して、公的な制度、事業の充実に加え、介護者同士が悩みを相談できる場やボランティアによるサポートなど、いわゆるインフォーマルな支援を地域に増やしていくことも必要ではないでしょうか。

―写真はイメージです。個人情報保護のために複数の家庭の声を元にストーリーを再構成しています―

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